聖闘士星矢

冥王ハーデス聖戦前夜

「アテナ・エクスクラメーション」
「櫨山昇龍霸」

ある春の夜、ギリシャの一部において、とてつもなく熾烈な、
そして悲しい戦いが行われていた。

この世に邪悪が蔓延る時、必ずや現れる希望の闘士「聖闘士」。
地上の愛と正義の為に、戦いの女神「アテナ」の基で一丸となって戦うはずの聖闘士が、
今、互いに拳を向け戦っている。

十二宮の戦いで命を落とした黄金聖闘士、シュラ、カミュ、そしてサガ。
彼等が、本来倒すべき敵である冥王ハーデスにより仮の命を与えられ
アテナの首を取る為に聖域にやってきたのだ。
当然、十二宮を守る黄金聖闘士達は見過ごすことは出来ない。
しかし、サガたちは聖闘士の掟を破り、禁断の技を使ってシャカを消滅させ、更に
ムウ、アイオリア、ミロまでも倒そうと再び禁断の技を使おうとしていた。

ムウ達も同じ技で対抗し、完全に動きが止まったところで、青銅聖闘士である紫龍の技によって均衡が破れた。
サガ達は吹き飛んで消滅した。と思われた。
しかし、サガ達は半死半生ながらまだ生きていた。
止めを刺そうとするも、アテナの命により3人をアテナ神殿に連れて行くことになった。

ムウがサガを、ミロがカミュを、そしてアイオリアがシュラを抱えて十二宮を登っていた。


瀕死の状態ながら、シュラは自分を抱えているのがアイオリアだと知ると
「アイオリア。アイオロスは!」と語りかけようとした。
しかし、アイオリアはそれを拒否した。
自分の兄を殺し、今また女神に反逆した裏切り者の言葉など聞きたくなかったのだ。

しかし、シュラは心の中で言葉を続けていた。

「すまぬ、アイオリア。お前になんと言って詫びれば良いのか?
 俺はお前の兄を、尊敬すべき先輩である黄金聖闘士であるアイオロスを
 2度までも手に賭けてしまった。
 女神に反逆したことよりも、禁断の技を使ったことよりも
 そのことが俺の心に重く圧し掛かってしまって辛いのだ。
 どうすれば良い。どうすればお前に詫びれるのだ。?
 いや、所詮裏切り者の我等。そんなことを望むのが間違いか
 アイオロスの思いを伝えることは、やはり無理なのか。」

2度までも手に賭けたとは、どういう意味なのか。
それを知るには、シュラたちが十二宮に現れる少し前まで時間を遡ることとなる。



暗く、どこまでも暗く、音さえも存在しない世界。
そこは冥界。死の世界。死んだ者が辿り着き、永遠の眠りにつく場所。
当然、人間である聖闘士も例外ではない。
過去の幾多の聖戦、サガの乱で死んだ聖闘士達も眠っていた。

牡羊座アリエスのシオン。243年前の聖戦で冥闘士を全滅させた黄金聖闘士。
次代の聖戦に備えて教皇となっていたが、サガによって殺されたである。
彼もまた死の眠りの中にあったのだが、ある時、何者かによって呼掛けられたのだった。

シオン「誰だ?私を呼ぶのは」
ハーデス「我はハーデス。冥王ハーデス。」
シオン「ハーデスだと。私はお前の敵である聖闘士だぞ。
    そんな私に何の用だ。」
ハーデス「シオンよ。もう一度、地上に戻りたくはないか?」
シオン「どういう意味だ」
ハーデス「もうすぐアテナの封印が解け、108の冥闘士が甦る。
     すなわち新たな聖戦が始まろうとしている。」
シオン「ご苦労なことだな。わざわざまた負ける為に甦るとはな。で、それがどうした。」
ハーデス「このまま戦っては、こちらの被害も馬鹿にならぬ。
     しかし、お前たちならその心配が無い。」
シオン「言ってる意味が解らんが」
ハーデス「かつて聖闘士であったお前たちならば、十二宮を突破して
     女神の首を取るのも造作も無いことだろうということだ。」
シオン「貴様、我らに女神を裏切れというのか。そんな話には乗れん。」
ハーデス「もう一度、生き返りたくはないのか。他人によって無慈悲に中断させられた生を
     取り戻したくないのか?
     それとも、このままこの冷たい死の世界で眠り続けたいのか。」
シオン「くっ、貴様!」
ハーデス「動揺しておるな。そうであろう。命が欲しくない死者などいるわけない。
     どんな人間であろうとも、死の世界から地上で戻りたいと思っているのだ。
     それが、人間の本質よ。で、どうだ、シオンよ。」
シオン「・・・・・」
ハーデス「余に忠誠を誓い、女神の首を取ってくれば、永遠の命を与えても良いぞ。」

長い沈黙が続いた。だが、遂に

シオン「女神の首を取ってくれば、本当に永遠の命をくれるのだな。」
ハーデス「ということは、承知したのだな。シオンよ。」
シオン「ああ、こんな所で寝ているのも飽きた。もう一度、地上に戻って暴れてやるわ。」
ハーデス「では、前聖戦時の最強時の肉体と、冥衣を与える。
     しかも、お前の聖衣仕様の特別品だぞ。」
シオン「ほう。悪くはないな。この肉体は。」
ハーデス「但し、その肉体のリミットは日が昇るまで。12時間だ。」
シオン「なんだと?」
ハーデス「そのまま裏切られてはこまるからな。
     だが、心配するな。女神の首さえ取ってくれば、約束は守るぞ。」
シオン「そういうことか。それならば聖域に進行するには条件がある。」
ハーデス「条件。なんだ?」
シオン「聖域に乗り込むには、私一人ではちと時間が足りん。
    十二宮には5人の黄金聖闘士がいるし、なにより童虎が出て来れば
    食い止められてしまうかもしれんからな。
    他にも眠っている聖闘士がいるはずだ。そいつらを連れて行きたい。
    同じように肉体と冥衣を与えてやってくれ。」
ハーデス「いいだろう。お前が選べ。好きなだけ連れて行くがいいぞ。
     選べば、肉体と冥衣が与えられるようにしておく。
     楽しみにしているぞ。」

そしてハーデスは、闇の中に消えていった。
冥界に一人佇むシオン。その体は243年前の18歳の肉体となっており、
牡羊座の黄金聖衣を模した冥衣を纏っていた。

シオン「さあ、甦れ。志半ばで命を落とした聖闘士達よ。
    今こそ、我に従い地上に向かうのだ。」
そして、次々と名前を呼んでいった。

「まずは黄金聖闘士達よ。
 蟹座キャンサーのデスマスク。
 魚座ピスケスのアフロディーテ。
 山羊座カプリコーンのシュラ。
 水瓶座アクエリアスのカミュ。
 そして、双子座ジェミニのサガ。
 射手座サジタリウスのアイオロスよ。目覚めろ。」

その言葉に従い、6つの影が地の底より現れた。
その影はかつての黄金聖闘士の姿となり、それぞれの聖衣を模した冥衣を纏っていった。

「それと、白銀や青銅のガキどもの露払いも必要だな。
 蜥蜴座リザドのミスティ。
 鯨座ホエールのモーゼス。
 猟犬座ハウンドのアステリオン。
 ケンタウルス座のバベル。
 烏座クロウのジャミアン。
 御者座アリウガのカペラ。
 地獄の番犬座ケルベロスのダンテ。
 ペルセウス座のアルゴル。
 ヘラクレス座のアルゲティ。
 銀蠅座ムスカのディオ。
 大犬座カミスマヨルのシリウス。
 矢座サジッタのトレミー。
 ケフェウス座のダイダロスよ。
 お前たちも目覚めるのだ。」

彼ら13人もまた同じように冥衣を纏っていた。

シオン「これより我らは地上の聖域に向かい、十二宮を突破して、女神の首を取る。
    そうすれば、ハーデス様より永遠の命を授かることが出来るのだ。
    どうだ、悪い話ではあるまい。」
ミスティ「こいつは良い。あの憎たらしい青銅のガキをぶちのめしに行けるということか。」
モーゼス「あの時の恨みを晴らしてくれる。」

ハーデスに忠誠を誓い闇に落ちた聖闘士達の姿であった。
女神や童虎が見たら、落胆するであろう姿であったが、それは上辺だけだった。
敵に気づかれぬように、微弱な小宇宙でシオンは本心を伝えていた。

シオン「私は近代の女神に「女神の聖衣」の復活方法を知らせずに死んでしまった。
    だからこの機会に女神に知らせ、「女神の聖衣」を復活させなければならない。
    しかし、おそらく我らにはハーデス軍の監視が着くであろう。それも強力な。
    ハーデス軍に我らの真意がバレれば全ては水泡に帰す。
    そうなれば全てが終わり、地上は闇に閉ざされる。
    それだけは何としてでも防がねばならん。
    だが、その為に我らは表面上は敵として行動しなくてはならん。
    結果、我らは裏切り者の汚名を着ることになろう。
    未来永劫許されぬ賊の烙印を押されることとなろう。
    それでも我らは行かねばならぬ。
    女神の為に。地上の愛と正義の為に。

    お前たち。私と共に来てくれるか?」

誰も拒否しなかった。
デスマスクが僅かに、「しゃあねえな」と言わんばかりの仕草をしただけだった。

シオン「恩に着る。」

そして、シオンたちは地上へと向かった。
その後を、十数名の冥闘士が着いていった。


地上。聖域、慰霊地。

そこからシオン達は、現れた。それぞれ自分達の墓から。

シオン「よし、これより私と黄金聖闘士6名は十二宮へ向かう。
    白銀聖闘士13名は、残りの聖闘士どもを片付けろ。」
黄金・白銀「はっ」

だが、そんな中で一人だけ浮かぬ顔をしている者がいた。
その者は、シオンの命を聞かずに動こうとしなかった。

シオン「どうした、アイオロス。何故着いてこぬ。私の命令が聞こえなかったのか」
アイオロス「私には出来ない。たとえ永遠の命を授かろうとも、女神への反逆など出来ない。」
サガ「アイオロス。教皇に逆らうのか?」
アイオロス「黙れ!女神を裏切った教皇の言う事など聞く耳持たぬ。私は女神の聖闘士だ。」

アルゲティ「アイオロス殿、どうなされたのですか?」
デュオ「アイオロス殿。」

そして、アイオロスは動いた。かつて最強と言われたその技が、
白銀聖闘士13人を一瞬で叩きのめしたのだった。

アルゴル「アイオロス殿。何故!」
アイオロス「裏切り者の言葉など、聞く耳持たぬ。」

そしてアイオロスはシオン達の前に立ちふさがった。
アイオロス「十二宮には行かせないぞ。」

サガ「どうします、教皇。これでは時間が。」
シオン「仕方が無い。十二宮にはデスマスクとアフロディーテを連れて先に行く。
    サガ、シュラ、カミュ。お前たち3人でアイオロスを片付けて、後から来い。」

そしてシオン、デスマスク、アフロディーテの3人は十二宮に向かい始めた。
アイオロス「待て!」
サガ「アイオロス。教皇の邪魔はさせぬ。」
カミュ「いかに貴方が強かろうと、我らが3人を相手では敵わぬぞ。」

サガとカミュの攻撃をアイオロスは紙一重でかわした。
しかし、そこに生じた僅かな隙を見逃さなかった者がいた。

アイオロス「くっ、シュラか。」
シュラのエクスカリバーは、アイオロスの胸を貫いていた。
シュラ「結局、貴方は私の手にかかるのだな。アイオロスよ。」

黄金聖闘士が黄金聖闘士を手にかけた瞬間であった。

その光景を影で見ていて笑っている者達がいた。
監視役の冥闘士達はサガ達の浅ましさに呆れていた。
ギガント「仲間を手に賭けてまで生き返りたいとはな。けっ」

だがシュラは解っていた。いや、シュラだけではない。サガもカミュも
シオン達も白銀聖闘士達も。アイオロスの行動の意味を理解していた。
アイオロスの僅かな小宇宙がシュラに語りかける。

アイオロス「すまぬ。シュラよ。つらい役をやらせてしまったな。」
シュラ「アイオロス殿。私は。」
アイオロス「こうするしかなかったのだ。白銀聖闘士達に仲間を殺させるわけにはいかぬ。
      私が十二宮に行けば、黄金聖闘士達が全滅する危惧さえ出てしまう。
      それでは困るからな。戦力を減らす為にはこうするしかなかったのだ。」
シュラ「わかりました。残った我らで必ず。」
アイオロス「頼むぞ。しかし、どうせ地上に出たのなら弟の顔を見たかったな。
      まあ、裏切り者の兄の顔など見たくないか。」
シュラ「アイオリアはそんな漢ではない。出来ることなら私があなたの真意を彼に。」
アイオロス「期待しないで、待ってるぜ。」

シュラと近くに来ていたサガ、カミュの3人だけが辛うじて感じ取れるほどの微弱な小宇宙が聞こえた。
アイオロス「女神を頼む」

そしてアイオロスの肉体は、消滅していった。
同時に白銀聖闘士13人の肉体も。
アステリオン「これで俺たちの役目も終りだな。」
バベル「大したことはしていないが、これで冥闘士を欺けるのなら」
ダイダロス「我等の2度目の死も無駄では無いということだな。」
カペラ「聖戦の役に立ったということだよな。」
シリウス「女神の為に。」
ダンテ「地上の愛と正義の為に。」

隠れていた冥闘士達が気づけなかった。
彼ら14人の表情はこの上なく、満足感に満ちていたことを。

シュラはサガ、カミュと共に十二宮に足を進めながら、心の中に誓っていた。

シュラ「アイオロスよ。必ず使命を果たす。それが2度までも貴方に剣を向けた
    私のたった一つの罪滅ぼしだから。しかし、重い。重いな。
    出来れば、アイオリアに伝えたい。貴方の想いを。
    それは敵わぬことであろうが。」
サガ「シュラよ。お前一人で背負うことは無い。私もカミュもその思い、背負っていくぞ。」
シュラ「サガ。・・・」

そして今、最も過酷で最も悲しい聖闘士達の戦いが始まる。
死してなお、地上の愛と正義を守り通そうとした黄金の聖闘士達の戦いが。



あとがき

スーピー君1億129号さんからのいただきものです。
冥王ハーデス十二宮編で、シオン、サガ達が現れる前のお話。
1.黄泉帰った黄金聖闘士の中に、どうしてアイオロスが居なかったのか?
2.同じように墓から這い出してきたはずの白銀聖闘士はどうしたのか?
3.何故、サガ、シュラ、カミュの3人は後から登場したのか?
  一緒に来たのなら一緒に現れても良い筈なのに。
という疑問からできたお話らしいです。
聖戦前夜のお話です。

スーピー君1億129号さん、素敵な小説をありがとうございました。
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