最終話
ナルシーよ永遠なれ
「赤き薔薇〜群島に咲きし麗しの花〜」
 
〜最終話 ナルシーよ永遠なれ〜
 
群島諸国解放戦争から3ヶ月が経った。群島諸国とクールーク皇国はエルイール要塞陥落後に休戦協定を結び、束の間の平和が両国に訪れた。クレイがミドルポートから購入した巨大な紋章砲はエルイールの崩落と共に消滅。その際クレイとクレイの元師匠エレノアが消息を断った。要塞と運命を共にしたのか、或いは何処かで生きているのかは分からないが、とにかく、一つの時代が終わり、次の時代が訪れていた。
紋章砲によってこっ酷く破壊されたイルヤ島は、その後生き残った島民が群島各地からのボランティアと共に島の再建に努め、徐々に嘗ての繁栄を取り戻していった。オベル王国は相変わらずリノが健在であり、ラズリルはガイエンから独立、「ラズリル海上騎士団」が旧ガイエン海上騎士団に変わって創設され、今日もラズリル近海を哨戒している。そのラズリルの南東にあるミドルポート。ここは嘗て紋章砲の唯一の産地だったが、紋章砲を作ったとされる魔法使いが何者かによって殺害され、作る事が出来なくなってしまった。それゆえか、ラインバッハII世は以前のようなあくどい商売に手を出す機会が減り、近頃は大人しくなっていた。ラインバッハはそんな父を反面教師とし、主君として相応しい教養を身につけるべく、己を磨き上げていた。
 
そんなある日の事。ミドルポートの遥か南東に位置する海賊島に、クールーク軍の小隊と思われる部隊が上陸、海賊達との戦闘が行われた。海賊を率いるキカは群島連合軍の一員として先の戦争に参加した猛者であり、相手が休戦協定を結んだはずのクールークであっても動じる事はなく対処、敵の大将は様子見だったのか、あまり戦わないうちに撤退していった。だがこの時、海賊船に装備されていた紋章砲が全て奪われた。彼らの目的はこれであったのだ。キカはたまたま部下のダリオと共にミドルポートからやって来たキリルと名乗る少年らと共にオベルのリノと面会。リノは忍びのアカギとミズキにクールークの様子を探るよう命じ、キカやキリルはそれについていった。そして驚くべき光景を目の当たりにした。エルイール要塞の再建が行われていたのである。アカギとミズキはオベルに引き返し、リノに逐一報告。調査の為諸国を旅しているキリルとその部下達ははリノに協力し、クールークの様子を引き続き探る事になった。結果、クールークは再び群島を攻め、今度は同時に赤月帝国の攻略も考慮している事が判明。休戦協定を破ったという名目を得たリノは、群島各国に檄文を飛ばした。この檄文はミドルポートにも届けられ、それを読んだラインバッハは父に即座に出陣するよう要請した。
 
「父上!クールークは再びこの群島を攻める気でいるのですよ!何でも、クールークが勝手に休戦協定を破り、戦の支度を始めているとのこと。前回父上にはクレイ商会がついておりましたが、今回は群島諸国連合がついています。迷う事はありません!リノ殿に応じ、艦隊を派遣するべきです!」
「・・・・・。」
 
だが今回もラインバッハII世は何も答えなかった。ラインバッハII世は現在、群島でも微妙な位置に立たされていた。子のラインバッハIII世は群島に協力してクールークを撃退したのに、ラインバッハII世はあろう事かクレイ商会と結び、群島には協力せず、間接的とはいえ利敵行為を行っていた為である。故に、群島諸国連合とラインバッハII世には微妙なしこりがあり、ラインバッハII世は艦隊を派遣したくはなかった。たとえ息子は群島諸国連合から信頼されていたとしても。
 
「父上!ここで連合に協力し、汚名を返上する事で、初めて連合との信頼関係が生まれるのです!さあ、父上!」
「・・・・・。艦隊は送れぬ。我が軍は紋章砲に頼りっ放しだった。だから軍の再編がまだ出来ておらん。とは言え、群島の一員として何もしないわけにもいかん。だから息子よ、お前が私の代理として行って参れ。」
 
ラインバッハは父の煮え切らない態度が気に入らなかったが、軍の再編がまだ完全ではない事は彼も重々承知しており、仕方なく父の代理としてオベルのリノを訪れることにした。ラインバッハは航海時に身に纏う衣装選びの為自室に戻り、クローゼットを開けた。だがそこである事に気付いた。いつも胸に付けているはずの「薔薇の胸飾り」が何処にも見当たらないのである。はじめはクローゼットの奥のほうに落ちたのかとあさったものの、落ちている気配は全くない。次に、全ての服・ズボンのポケットを探したが、何処にも入っていない。更に、自室だけではなく、館中の全ての部屋を探し回ったが、全く見つからなかった。
 
「おお!何という事だ!私は友情の証を無くしてしまった!」
「どうかなされましたか、ラインバッハ様。」
 
ラインバッハが振り向くと、そこにはミドルポート一の宿「うるわしの巻き毛亭」の若旦那・シャルルマーニュの姿があった。シャルルマーニュはラインバッハがオベルへ向かうと聞きつけ、自分も協力するつもりで館を訪れていた。
 
「おお、心の友よ、私は申し訳ないことをしてしまいました。実は私達の友情の証である薔薇の胸飾りを無くしてしまったのです・・・。私達の友情は物でしか表せないというつもりは毛頭ありませんが、何とも申し訳ない気持ちで一杯なのです・・・。」
「ではラインバッハ様、私が探して参りましょう。なに、ラインバッハ様が出発される前には戻りますよ。」
「宜しいのですか、シャルルマーニュ殿。」
「勿論ですとも。私の力がラインバッハ様のお役に立てるのなら、これ以上の幸せはありません。」
「まことに有難い。やはり貴方は最高の友人です。」
「勿体無きお言葉、有難う御座います。では早速行って参りましょう。」
 
シャルルマーニュは町で調査を開始した。民家を一軒一軒訪ね、酒場などで情報を収集し、そして最近新たに出来たクエストギルドで有力なな情報を掴んだ。
 
「そういえば・・・、何日か前にクールークの中部にあるテラナー平原で盗賊団が現れたと聞きました。それで、その盗賊団の一人がこのミドルポートに訪れていたらしいんです。目撃者の話ですと、確かラインバッハ様のお屋敷の様子を窺っていたとか・・・。」
 
クエストギルドの店主のララクルという少女は、自身が知る限りの情報を出来るだけシャルルマーニュに提供した。シャルルマーニュはララクルに礼を述べ、オベル行きの船に乗り、その後イルヤ・クールークの港町メルセト経由で盗賊団が暴れているというテラナー平原へ向かっていった。
 
 
 
 
それから2ヶ月ほど経過した。ラインバッハの姿にはオベルではなく、ミドルポートの「うるわしの巻き毛亭」にあった。シャルルマーニュが戻って来ないのである。リノへは軍備が完全に整っていないので合流が遅れる、という旨の通知を届けており、リノからも承諾する返信があったので問題はないのだが、シャルルマーニュの消息は不明だった。ラインバッハは仕方なくクエストギルドに薔薇の胸飾りの捜索を依頼。後日、シャルルマーニュがテラナー平原で盗賊団と戦っているところにキリル一行が遭遇、シャルルマーニュはキリルらと共に2ヶ月半ぶりにミドルポートへ帰ってきた。だがシャルルマーニュの顔にはどこか落胆の表情が浮かんでいた。
 
「おお、シャルルマーニュ殿!無事に戻って来られましたか!」
 
ラインバッハは心からの悦びを表現したつもりだったが、シャルルマーニュは浮かない顔をしていた。
 
「ラインバッハ様、貴方様は私の力を信じてくれなかったのですね・・・。」
 
ラインバッハは驚き、それは違うと大袈裟に表現した。エチエンヌがそれまで奏でていたメロディを止める。
 
「違いますよシャルルマーニュ殿。私は貴方がいつまでも戻られないので、貴方の身に何かあったのではと思い、依頼してしまいました。おお、心の友を傷つけてしまった事、このラインバッハ、深くお詫び申し上げます。」
 
ラインバッハが頭を下げると、エチエンヌは驚いて面を上げるように言った。
 
「お待ち下さいラインバッハ様。この私、ラインバッハ様がそこまで私を心配してくれていたとは知らず、一時とはいえ貴方様を疑ってしまいました。頭を下げねばならぬのは私の方です。どうかお顔をお上げ下さい。」
「シャルルマーニュ殿・・・。」
「あのー・・・、お取り込み中悪いんですけど・・・。」
 
そう言って声をかけたのはシャルルマーニュに同行していたキリルである。
 
「えっと・・・ラインバッハさん、ですよね。」
「如何にも。失礼ですが、どちら様でしょう。」
「僕はキリルといいます。紋章砲の調査の為に群島とクールークを旅しています。後ろの眼鏡の男性はアンダルク、隣の女性はセネカと言います。二人とも僕の部下です。それから僕の横にいる女の子はコルセリア。クールーク皇国のユリウス皇王のお孫さんです。」
 
ラインバッハの表情が変わった。今群島の情報をクールークに流されるのは、群島にとって大きな損失に繋がる為である。だが、そんなラインバッハの心情を察したのか、クールーク皇王の孫に当たる少女コルセリアが続けた。
 
「群島諸国が何を考えているのか、私は知っています。だって、キリル達はオベル王の要請で動いているんですから。情報は全てそこから入ってきます。でもそうすると、何でクールーク側の人間である私がキリルと一緒について来ているのか疑問に感じますよね。あ、人質じゃないですよ。私の意志でついて来てるんですから。実はクールークは今、皇王派と長老派という二つの政治勢力が権力を巡って争っています。貴方達が知っているトロイやコルトンは皇王派の人間でした。その皇王派の有力な武人が戦死した今、長老派が台頭し、政治を牛耳ろうとしているんです。長老派は、民の事などこれっぽっちも思っていません。それどころか、クーデターを画策して政権を掌握し、再び群島と赤月に戦禍を招こうとしています。御存知かもしれませんが、先日海賊キカの島がクールーク軍に襲われました。あれはミドルポートで紋章砲の製造が行われなくなった事を知った長老派が、紋章砲を奪う為に仕掛けたのです。皇王派は私の祖父・・・つまり皇王の許可なく戦を仕掛けた事を糾弾しています。ですから、私はクールーク側の人間ですが、群島諸国と敵対するつもりはありません。皇王派にも群島との開戦を望む者はいないわけではありませんが、少なくとも私や祖父は違います。それから言い忘れましたが、私が一行に加わっている事をリノ王は御存知です。」
 
シャルルマーニュが補足するように話した。
 
「私が盗賊団と遭遇した時、たまたまこのキリル殿が通りかかったのです。見ず知らずの私を彼らは助けてくれました。後で聞いたところ、クエストギルドでラインバッハ様の依頼を受けて盗賊団を追っていたそうです。そこで私は彼らの身分と目的を聞きました。彼らはこの世界に残っている紋章砲を全て破壊する事を目的としています。何でも紋章砲によって異世界の怪物に姿を変えられてしまった人間が多数いるとの事で、紋章砲が生まれてから海に現れるようになった生物も、多くは異世界から呼び寄せられたのだそうです。」
 
ラインバッハは暫し考えた後、結論を出した。
 
「私は彼らがクールークからやって来たと聞いて、もしやクールークのスパイではと疑ってしまいました。しかし、紋章砲を無くしてしまおうというその決意、素晴らしい!私はこの日だけで二度も人を疑ってしまった・・・。ああ、何と罪深い・・・。シャルルマーニュ殿、如何であろう、私達も彼らの一行に加えて頂かないか。」
「それは素晴らしいお考え。しかしラインバッハ様、ラインバッハ様にはクールーク攻略の援護という任務があったはず・・・。それはどうなさるのです?」
「勿論それは行います。彼らの一行に加わるのはそれからです。キリル殿と申されましたね、どうか私達も御一行の末席に加えていただきたいのですが、お許しいただけますかな?」
 
キリルは首を縦に振り、「勿論」と答えた。
 
キリルがミドルポートを訪れてから半月後、オベル王国の執務室にはキリル達と共にラインバッハとシャルルマーニュの姿があった。他にも戦後ナ・ナル島長に就任したアクセル、ラズリル海上騎士団団長のカタリナと副団長ケネス、元群島諸国連合軍リーダーなど、解放戦争時の面子が集結していた。皆連合の盟主であるオベル王リノの要請により、キリルに協力していたのだ。目的は一つ、クールーク軍長老派が所有する紋章砲を破壊し、その紋章砲の源である「邪眼」と呼ばれる生物を葬り去る事にあった。解放戦争以来久々に、オベルに連合の猛者達が集結したのである。
 
 
 
 
月日が流れた。キリルはクールーク皇王派の協力を得て長老派によるクーデターを未遂に防いだ。だが騒動の最中にクールーク皇王一族が次々と死亡、生き残ったコルセリアは祖父の跡を継ぎ王位につくも、再興は不可能と判断し国を解体。クールークの大部分が赤月帝国に編入された。群島諸国連合は紋章砲が完全に消えた事で、それまでの戦のやり方を全て変える必要があったが、北の脅威が消滅したことで、それを実行する機会は訪れなかった。
 
ミドルポートのラインバッハの館。隠居したラインバッハII世に代わり当主となったラインバッハはシャルルマーニュをはじめ、ラインバッハと志を共にする者を身分を問わず庭園に招待し、ティーパーティーを開いていた。暖かな午後の日差しが館を優しく包み込んでいた。エチエンヌが奏でる軽やかなメロディと共に、他愛のない話が進んでいく。何て事はない、平和な日常。数多の戦場を乗り越えてきたラインバッハ達は、小鳥達の囀り、花咲き乱れるこの美しい庭園で、暫し時の流れを忘れ、共に戦いぬいた仲間達と共に、優雅な午後の一時を過ごしていた。
 
                                    終
 
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