第二話
 群島諸国連合
〜第二話 群島諸国連合〜
 
 
ミドルポート領主の息子ラインバッハは酔っていた。自分にではなく、オベル王国の北西を航海中の船に。ラインバッハはこれまでまともな航海をした事がないわけではない。しかし長い船旅にあまり慣れていない彼は、最初は意気込んで乗り込んだものの、段々その揺れに耐える事が出来なくなり、遂にサロンのソファに横になってしまった。
 
「今日は、ラインバッハさん。」
 
横になっているラインバッハに声をかけたのはこの船に搭乗している看護婦のキャリー。オベル王国で病院を開いていたユウの助手で、その器量と腕の良さを評価されていた。それ故、オベルがクールークに占拠された際、ユウはオベル王リノの要請で船に搭乗し、病院は暫くキャリーが切り盛りしていた。その後オベルは群島諸国連合軍によって奪還された。名医ユウといえども戦争による負傷者を全て診るのは激務であり、医者の不養生にならぬよう、また、一人では捌ききれない仕事をこなす為、、ユウが病院へ赴き、キャリーに声をかけたのであった。
そのキャリーが現在ラインバッハの治療を行っている。ユウは船に設けられた医務室でオベル時代と同じように患者を診察し、キャリーが出張診察を行っている。ラインバッハの治療も、彼女の仕事の一部である。
ラインバッハはミッキーに支えられながら身体を起こし、キャリーの問診を受けた。
 
「お体の具合はどうです?」
「ううむ、気分は相変わらず優れません。私とした事がお役に立つどころか、足を引っ張る事になるとは情けない・・・。」
 
ラインバッハはおおお、と呟き、目を閉じた。
 
「あまり御自分を責めないで下さい・・・。病は気から、と申します。どうか気丈に振舞って下さい。」
「おお、忝い・・・。」
 
問診を終えるとキャリーは体温計を取出し、ラインバッハに咥えさせた。また聴診器で心拍数を、手で脈を調べたが、ラインバッハの身体には異常は見られなかった。
 
「一通り診終えましたが、ちょっと脈が速いですが、それ以外には特に変わったことはないですね。時間が経てば酔いも醒めてくるでしょうけど、暫くは安静にしていて下さい。何処かの港に停泊した時に外に出て散歩してみるといいかもしれません。それと、動けるようになったら一度ユウ先生に診てもらって下さい。私よりも的確なアドバイスをなさると思います。」
「キャリー殿、いつも忝い。」
「いいのですよ。ではお大事に。」
 
 
 
 
「・・・クレイ殿、何故貴殿が指揮を執られる。」
 
私はそう尋ねたが、奴は笑っていた。何が「総督が体調が優れぬゆえ自分に指揮権をお預けになられた。」だ。私はあの男が苦手、いや、嫌いというものではない、憎い。何が私をそうさせるのは分からぬが・・・。
先日、斥候より我が軍の第二・第三連合艦隊が壊滅したと聞いた。恐らくオベルはもう落ちた事だろう。コルトンほどの者が捕えられるとは、敵もなかなかのやり手らしい。だが私はそれを上回ってみせる。
 
「そう、トロイ殿。」
 
奴に我が名を呼ばれるほど不快な事はない。だが一応味方である以上は応じねばなるまい。
 
「何か。」
 
奴の瞳の奥には闇すら宿っていないように見える。何故かは知らぬが、奴には人間らしさを感じられない。左手の「鉄の腕」のせいか?そう、このグレアム・クレイという男、何を考えているのかさっぱり見当がつかぬのだ。「死の商人」が我らに味方するのも、総督に接近し、指揮権を継承するにいたるまでも、何をどうやって今の奴があるのか、これほどまでに分からぬ男というのは初めてだ。なるほど、だからこそ不愉快なのかも知れぬ。私にもまだ人間らしい感情があったか。奴はそんな私の心情を知ってか知らずか、言い切った。
 
「貴方は我が軍には欠かせぬ存在だ。そう、道を誤りなさるな。」
「・・・・・、準備があるゆえ、これにて失礼。」
「頼みますよ。海神の申し子殿。」
 
皮肉のつもりか?私は無言でドアを閉め、港へと向かった。
 
 
―――――
 
 
ラインバッハの船酔いは依然治りそうになかったが、それでもキャリーの診療の効き目が現れ始めたのか、陸にあがり、小さなモンスターと戦闘をこなせるまでには回復した。現在の仕事は専ら停泊先のモンスター退治。ラインバッハは文句一つ言わず、忠実に任務をこなした。それが評価された為か、リーダーはラインバッハに一小隊を率いる事を許した。海戦の経験が無いため、船の指揮を任せるわけにはいかなかったが、白兵戦になったときに小隊は船を守り、或いは敵兵を薙ぎ倒し、敵船を鹵獲(ろかく)する重要な役割を果たす。ラインバッハは自分の力が認められたことをミッキー、エチエンヌ、そしてミドルポートで「うるわしの巻き毛亭」を経営し、この船に搭乗して意気投合したシャルルマーニュと共に喜びを分かち合った。
 
「おお、お聞き下さい心の友よ。この度我がリーダー殿は、私めに白兵戦時の小隊を率いる事をお許し下さいました。」
「おめでとう御座います、ラインバッハ様。・・・ところで、船酔いの方はもう大丈夫なのですか?」
「戦の時は治るものなのです。不思議ですが、キャリー殿が仰っておりました。病は気から、と。もしかしたら、私の弱き心が原因なのかもしれません。」
「ラインバッハ様、貴方様の心は決して弱くありませんぞ。その胸に輝く薔薇の胸飾り、そして宿している赤き薔薇の紋章のように、貴方様は世界で最も輝いておられるのです。」
「心の友よ、忝い。それほどまでに喜んで下さるとは。」
 
エチエンヌが喜びを表現する曲を奏でた。が、ミッキーは相変わらず心配そうだった。
 
「お坊ちゃま、だ、大丈夫ですか?」
「心配しなくても宜しい。私の剣の腕はクレイ商会如きには劣りませんよ。」
「そ、それは分かっておりますが・・・、ああ、あたしも剣を使えれば良かったのでしょうけど・・・。」
「それはなりませんよ、ミッキー。貴方には私の身の回りの世話をしてもらわなくてはなりません。貴方に万一の事があったら、私はどうすれば良いのですか。」
「お坊ちゃま・・・。」
 
その時だった。見張り番のニコが前方の異変に気付き大声で叫んだのが、サロンにも伝わった。
 
「前方に多数の船影!!何れもクールーク旗を掲げております!!」
 
クールークの連合艦隊のうち、第四艦隊は既に壊滅し、第二艦隊率いるコルトンも、オベル奪還戦で捕えられた。残るは第一艦隊と第三艦隊である。
 
「中央の艦が総帥旗を掲げております!!恐らく敵第一艦隊と思われます!!また右舷にも敵船らしき艦が複数見えます!!こちらはクールーク第三艦隊ではないでしょうか!!」
 
ニコの隣で、弟子のウェンデルが遠眼鏡片手に右舷を覗き込んだ。
 
「かーっ!クールークの船ってのはでかいな!ちょっとばかしやばいんじゃねえの?」
 
口調は男っぽいが、ウェンデルは少女である。
 
「リーダーとリノ様を呼んでくれ!それから信号旗も忘れるな!」
「あいさ!」
 
ニコが指示を出し、ウェンデルはリノのいる作戦会議室へと走っていった。同時に、航海士ハルトがブリッジで指揮を執り、ニコの報告を元にクールーク艦隊に囲まれないよう進路を変え、同時に紋章砲発射の準備を開始した。
 
 
―――――
 
 
「艦長!敵は『応戦ス』の旗を掲げています!」
「降伏の意思はないという事か。よし、エルイールまで引きつけろ。無闇に攻撃はするな。船の速度はこちらの方が上だ。」
「はっ!」
 
エルイールから然程離れていないイルヤ島近海で敵と遭遇するとは・・・。まあ良い。元々敵を引きつけ一気に壊滅させるのが目的だ。奴らを葬る準備は整っている。私がエルイールの方角を遠眼鏡で確認すると、クレイがミドルポートから仕入れたというあの忌まわしい兵器、その中心部の水晶らしきものが光っている。それにしても、まさか私があんな物騒なものを使う羽目になるとはな。これでは地獄に落ちても文句は言えまい。
 
第一艦隊及び第三艦隊は全力でエルイールへと引き上げた。後は敵が迫るのを待つだけだ。
 
 
―――――
 
 
リノは神妙な顔でエルイール要塞の方角を見つめていた。リーダーは心なしか、動揺しているようにも見えなくない。
 
「なぁ、お前、エレノアを行かせちまって本当に良かったのか?」
 
リーダーは答えなかった。前日の作戦会議の後、エレノアがぽつりと呟いた一言がリーダーは気になっていた。
 
「来る時が来たね、クレイ。」
 
その軍師エレノア・シルバーバーグは今、オベル船から大海賊キカの部下が操舵する小型船に乗り換え、クールーク艦隊に気付かれぬようにエルイール要塞を目指していた。
嫌な予感はしていた。エレノアが突如「エルイールに乗り込みたい」と言った時、止めてはみたものの、無駄だとは分かっていた。だから今朝、彼の部屋の鍵がエレノアによってかけられていた。暫くしてエレノアの付人アグネスがマスターキーを持ってきて部屋の鍵を開けた。船の中を全て見回ったが、エレノアの姿はなかった。
 
 
―――――
 
 
群島の連合艦隊がこの要塞に近付いてきた。今私がいる要塞の港からもうっすらと確認する事が出来る。だが何かおかしい。連合艦隊にしては船が少なすぎる。まさか、偽装艦隊か?
それからものの数分も経たないうちに、私の予感は的中した。やはりあれは偽装だった。標的艦を幾つも並べただけの囮部隊。操舵していたのは人間ではなく、人魚だった。いや、人魚に船は操れない。正確には人間がセットしたものを、人魚が援護したといったところか。その囮部隊を、作戦室であの巨大な紋章砲を操っていた部隊長はろくに確認もせずに砲撃した。囮の船は炎上し、今沈没しているところだが、連合艦隊には何の痛手にもならん。それどころか、あの紋章砲は弾込めまでに非常に時間が掛かる。つまり、一発使ってしまったら暫くは使えないのだ。かえってこちらが不利になってしまう。とは言え、このトロイはその程度のことでは動じぬ。私は第一艦隊及び第三艦隊を総員出撃させ、後方に控えるオベル旗を掲げた戦艦の一隻に砲撃を開始した。
 
 
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トロイ率いる第一艦隊による砲撃で、オベル艦の一隻が中破した。見張りの報告では、怪我人は数名出たものの死者は出ていないとのことだった。激しい紋章砲の打ち合いの後、第三艦隊の一隻がオベル本艦に突撃、ラインバッハは出撃を命じられた。
 
「さあ行きますよ、シャルルマーニュ殿!皆の者!今こそ優雅に、そして華麗に敵を葬るのです!」
 
ラインバッハは敵によって甲板にかけられた木の板を蹴り飛ばし、敵の一人を海に転落させた。そして船酔いが完治していないとは感じさせない動きで敵船に飛びうつり、続いて乗り込んだシャルルマーニュや小隊の兵士と共に、クールーク兵を次々と斬っていった。はじめは互角に戦っていたクールーク兵も続々と倒れていき、遂に乗組員は降伏、クールーク戦艦の一隻を鹵獲する事に成功した。ラインバッハは兵士にオベル艦との間に板をかけさせ、船を操縦出来る漁師のシラミネを鹵獲した船に乗せて操縦を依頼、先日の幽霊船事件で連合軍に加わったテッドが紋章砲を撃ち、クールーク第三艦隊の船を一隻沈没させた。
その後鹵獲した船を操って敵を翻弄したラインバッハ小隊は、敵戦艦1隻を沈没させ、3隻を中破、1隻を鹵獲、護衛艦2隻を小破、乗組員5名を捕える活躍を見せ、連合軍において更に評価を高める事となった。
この頃、付人ミッキーはラインバッハをモデルにした小説「薔薇の剣士」を書き始め、新聞記者ペローが発行する壁新聞に作品を掲載し始めた。内容は真実とは全く違う、捏造だらけのものであったが、作品の出来は高く、以前ペローが連載していた「ゆううつ夫人」の散々たる評価とは違い、非常に高く評価された。
 
 
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予想以上の被害だった。私はどうにか何を逃れたが、要塞にはもう戻れまい。出航前、私は見てしまった・・・。要塞の地下にある牢獄に、変わり果てた姿となった総督を・・・。恐らくクレイに毒を飲まされたのであろう。体調を崩されるのも当然だ。恐らく次は私の番だ。・・・敵にクレイを倒してもらおうなどと甘い考えを持つのは私らしくないが、この度ばかりは別だ。だが私とてのうのうと生きているつもりはない。海の男らしく、最後の決着をつけた後、この海に還るつもりだ。生き延びた兵士には残るもよし、去るもよしと伝えてある。後悔はない。何故なら、私が海の男として選んだ道だからだ・・・。
 
先程の戦いから数刻が過ぎた頃だろうか、エルイール要塞が崩れ始めると同時に、群島の連合艦隊が港を出港した。どうやらクレイを倒したようだ。さて、そろそろ私がこの世に別れを告げる時間がきたようだな。・・・・・さらばだ、皇王陛下、コルトン、第一艦隊、エルイール、そしてクールークよ。
 
 
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オベル艦隊は左舷より接近したクールーク第一艦隊の生き残りに船をつけられた。トロイはリーダーに一騎討ちを申し込み、リーダーはそれに応じた。結果はリーダーの勝利だった。傷つきながらも立ち上がったトロイは、オベル艦に戻ろうとしたリーダーに自信の剣を渡し、自ら船底に穴を開けた。
 
 
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乗っているのは私だけ。巻き添えを食らう者はおらぬ。
 
「僕達の仲間になる気はないか!?一緒に群島を再建しないか!?」
 
今のは群島連合軍リーダーの声か。ふ、私はクールークの人間だ。群島につく気はない。ましてや私は敗者だ。潔く海に還るのみ。それが海の男だ。私はそう言い返し、じっとリーダーの目を見ていた。なるほど、実に良い目をしている。彼の元に同志が次々と集まってくるのに納得した。そして私は思い出した。以前私はラズリル近海を商船のふりをして偵察に赴いた事があったが、あの時漂流者がこの船に拾われた事があった。後にその漂流者らはラズリルを追放された騎士団員という事が判明したのだが、その時の一人がこのリーダーだった。
そうか・・・。私が逃がしたあの男が・・・。皮肉な者だな。今度は私がやられる立場か。だが、それもまた面白い。
 
海に入る直前だったか、リノの声が聞こえた。何と言っているかは分からなかったが、大方「命を粗末にするな」とでも言ったのだろう。私にはもう戻る場所がない。いや、一箇所だけある。それが大海だ。私は還るべき場所に還る。ただそれだけのことだ。
 
 
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海神の申し子が海の藻屑と消えてから一月が経過した。リノは群島の島長らを集め、群島諸国連合の結成を民に告げた。あちこちから喝采が響き、一時かも知れないと分かっているが、平和の有難味を噛み締めていた。ミドルポート領主シュトルテハイム・ラインバッハII世を除いて。
そのラインバッハII世の子・ラインバッハは、父のやり方に反発しながらも家に戻り、時折船に乗って見聞を広める旅をしていた。その傍らには、ラインバッハの伝記を書き綴るミッキーと、ラインバッハの心を癒す音色を奏でるエチエンヌの姿があった。
 
 
 
何だかトロイ視点になりがちでラインバッハがあまり出て来ないですね(;^_^A。
終わりのようですがまだ終わりではありません。恐らく次はまた来週になると思いますので、宜しくお願いします。最後に、今回登場したキャラの紹介です。
 
 
キャリー
オベル王国の医師ユウの病院で働く看護婦。
 
ユウ
オベル王国の名医。高額な治療費を前払いで請求するが、評判はいい。
 
トロイ
クールーク皇国第一艦隊艦長。「海神の申し子」の異名を持つ若き天才。
 
エレノア・シルバーバーグ
元赤月帝国軍師。ある事件が切欠で国を追われ隠居。後に群島軍の軍師に就任。
 
コルトン
クールーク皇国第二艦隊艦長。トロイの右腕的存在。
 
ニコ
オベル艦隊の見張り役の青年。
 
ウェンデル
自称ニコの弟子の少女。一人称は「俺」。
 
ハルト
オベル艦隊航海士の青年。普段は仕事をサボるが、ここぞという時にしっかり働く。
 
シャルルマーニュ
ナルシー。「うるわしの巻き毛亭」若旦那。
 
アグネス
エレノアの付人の少女。仮称段階では「チャイナ少女」。
 
ペロー
新聞記者。記事は面白いが小説はつまらない。まるで誰かみたい(;^_^A。


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