統一戦争後、約150年昔の世界の群島諸島に飛ばされたトラン&デュナン組+?。
彼らが元の時代に戻る方法はただ一つ、16歳の転移魔法の使い手、天然美少女ビッキーのクシャミだけであった。
「・・・・・艦長さん、この方々は?」
「お客さん。・・・何か大陸の方から来たらしいけど、戻らないといけないらしい。」
「大陸、ですか。」
「悪い人達じゃないんだけどね。この娘の知り合いらしいし。戦力になりそうだったからもう少しいて欲しかったんだけど、どうもそれも駄目みたいだから・・・・・。大陸までのテレポートは出来る?」
「難しいかもしれません。そうではないかもしれません。でも・・・・・やってみます。」
部屋は沈黙に包まれた。
(そんな馬鹿な・・・。150年の間に何があった・・・。)
(あんなキャラだったっけ・・・・・。)
(ナッシュ・・・、どういう事か分かる?)
(分かりません・・・・・。ただ彼女には豪い目に遭わされましたので、テレポートというとどうも不安が・・・・・。)
(同感・・・・・。)
一同はただ驚いた顔をしていた。無理もない。彼らの知るビッキーはあくまで天然ボケキャラであり、たったこれだけの会話で全てを理解する人間ではない。
「・・・・・。・・・。・・・・・・。」
ビッキーは怪しげな呪文を唱え始めた。一同が見たことも無いような真剣な顔をして。
一同は固唾を呑んで見守っていた。
さてその頃のトラン共和国グレッグミンスター・マクドール邸。
消えた面子の行方を気にしつつ、義姉とくノ一は後片付けをしていた。台所からは水道の音が聞こえてくる。クレオとパーンはまだ帰宅していない。
「・・・本当に何処行ったんだろ。」
「さぁ・・・・・。えっと、小鉢と小皿と・・・・・。」
「しまうのは全部拭いてからの方が・・・。」
「それもそうですね。・・・・・ふぅ。」
「♪」
ナナミは鼻歌を歌いながら皿を洗っていた。
「・・・それにしても勝手が分からないですから、何処に何を置けばいいのやら・・・。勝手にやるわけにもいきませんし・・・・・。」
「洒落?」
「まさか。はぁ、せめてクレオさんがいらっしゃれば・・・・・。」
「何よ、私が役に立たないとでも?」
「そうではありませんが、この家の方でないと何処に何をしまえばいいか、分からないでしょ?」
「うう・・・。それは、そうだけど・・・・・。・・・でもそんな調子で将来大丈夫?」
「将来、ですか?」
皿を拭いていたカスミの手がぴたりと止まった。
「お嫁さんになった時に家事が出来ないと困るよ。」
「確かに・・・。」
「あの人苦労人だけどお坊ちゃん育ちだから甘やかされて・・・。」
最後まで言わないうちに、ナナミの頭には激痛が走り、大きな瘤が出来ていた。
「いったーーーーー!!!!!」
「私とあの方はそんな関係じゃありません!!!」
「え〜・・・。」
「ほら、手を動かす!!!」
「うぅ・・・・・。」
ナナミは悟った。実は彼女自身がもの凄い不器用なのではないか、と。
彼は坊ちゃん育ちとは言え苦労に苦労を重ね、一人でも生きていける。むしろ彼は一人で生きていく事を望んでいる。右手の忌まわしい紋章のために、大切な家族、友人、仲間をこれ以上失わない為に。それでも家にいるのは、彼自身が今は自宅が自分の帰る場所であると感じているからである。また何か起きれば出て行くかもしれない。今度は近場のデュナンではないかもしれない。たった一人、全てを背負って消えていくかもしれない。それは彼女自身も悟っていた。叶わぬ想いだと分かってはいるが、それでも彼女は望みを捨てる事は無かった。
「・・・・・っくし!!」
「坊ちゃん、お風邪を召されました?」
「いや。何処かで誰かが噂でもしてるんじゃないの?」
鈍感男がそんな事に気付くはずもないか。
マクドール邸の客間で熟睡中のもう一人の鈍感も。
「!!!」
そんな事をトランでしている時、群島では動きがあった。ビッキーの右手が白く輝き始めたのである。
クシャミではない、初めてまともな・・・無論これまでもまともなテレポートが無かったわけではないが、近場だった。遠いといってもノースウィンドウからサジャ、ビュッデヒュッケ城からカレリア、その程度だった。だが今回は距離が今までとは違う。しかも時代が違う。
「ササライ様、これは・・・・・。」
「・・・真の紋章?にしては力が弱い。だが、単なる瞬きの紋章にしては強力だ・・・・・。これはヒクサク様に御報告する必要があるな・・・。」
「御意に御座います。つきましてはササライ様、現代の彼女に関しても調査を・・・・・。」
「・・・・・。現代のって、あの状態の彼女かい?」
「・・・はい。」
「・・・・・あの状態じゃ調査なんて出来ないか。」
「・・・・・確かに。」
「だが報告はするだけしておこう。無駄にはならないはずだ。現代ビッキーの調査は検討しておく。それよりナッシュ、これが上手く行くと思うかい?」
「今までの実績がありますからねぇ、そう上手くはいかないと思います。例えテレポートに成功したとしても元に時代に戻れるとは思えません。」
「・・・・・その時は、どうする?」
「・・・・・覚悟を決めて下さい。人間、極限まで追い詰められれば何でも出来るのです。」
「そう、だね・・・あはははは・・・・・。」
ビッキーは右手を天に掲げ、思い切り振り下ろした。
「・・・!」
「・・・・・・!!!」
「・・・・・・!!!!!」
「・・・・・・・・・??・・・、・・・・・・。・・・・・・・・・・・。」
振り下ろした。が、何も起きなかった。同時に右手の光が消え、普段の大人しいビッキーに戻った。
「・・・・・何だったの?」
元主君が尋ねた。
「・・・すみません。全身全霊を込めて何とか皆さんをテレポートさせようと思ったんですけど、力不足だったみたいです・・・・・。」
やはり遠すぎるのは駄目なのか。ビッキーは疲れからか喘ぎ、汗を拭きながら小さく呟いた。
一同に安堵と落胆の両方が訪れた。
「・・・・・もう一度やってみようと思います。駄目かもしれません。そうではないのかもしれません。だから、僅かな可能性に賭けてみようと思います。」
一同はまたも唖然とした。ここまで健気な彼女を見た事のあるものは誰もいない。驚いた表情を浮かべていないのは、彼女と面識が全く無く、これまでの状況をあまり把握できていなかった元皇王ジョウイ・ブライトただ一人である。
「・・・・・ねえビッキーちゃん、あんまり無理しない方が・・・・・。」
これまで沈黙を続けてきたメルが口を開いた。
「・・・いいんです。・・・でもその前に、そのお人形さんを貸して頂けますか?」
「ブランキーは人形じゃないの。だから貸せないの。」
「そうですか・・・。・・・・・?」
メルの右手がビッキーの鼻を擦っていた。
「こらメル!!何しやがる!汗で汚れる!!!」
「何言ってるの!!あんたが勝手にやってるんでしょうが!!!」
「五月蝿い!いいから離せ!!!」
「あんたがやってるの!!!いい加減にしないと・・・・・。」
「何でも俺の責任か!!!」
「こうだよ!?」
そう言ってメルがブランキーをビッキーから離した瞬間だった。
「・・・・ふぇっ・・・・・。・・・・・・ふぇっくしょん!!!」
「え?」
「・・・・・あの馬鹿・・・・・。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「全部片付いたね〜・・・。」
「ですね。これで何方が使われても大丈夫ですね。」
「じゃあ休もうか。」
ナナミは手を洗ったあと客室から毛布を持ってきて、寝ている弟にそっと被せた。
「そんなところで寝てると風邪ひくぞ。」
軽く弟の額を指でつつくが、全く起きる気配が無い。
「そのうち起きるかな。」
「お疲れになってるんですね。」
「弟は気楽だにゃ〜・・・・・。」
二人はエプロンを畳み、それぞれの部屋へと戻っていった。
と、二人がドアを閉めた時、何故かリビングから大きな音が聞こえてきた。
「え?え?今の何?」
「さぁ・・・でも急ぎましょう。」
二人は慌てて先ほどまでいたリビングに向かった。するとそこには・・・・・・。
「痛・・・・・。」
「坊ちゃん、大丈夫ですか?」
「・・・・・あれ?ここって・・・・・。」
「家・・・ですね。」
「・・・・・それからササライ卿とナッシュさんがいませんね。あのメルって娘も。」
偶然なのか必然なのか、そこには群島に飛ばされた面々の姿があった。だがササライとナッシュ、当事者のメルとブランキーの姿は無い。
「・・・・・嘘、何で!?」
「・・・・・良くも悪くも、あの娘のお陰か。」
「どうして・・・?だって皆・・・。」
「僕らだって分からないよ。ただ・・・ビッキーのテレポートには感謝・・・か。」
「ですね・・・・・。」
所変わってハルモニアはクリスタルバレーにある一つの神殿のササライの執務室。
そこには部屋の主とその部下の姿があった。
「・・・ここは、ハルモニア?」
「・・・・・随分早い帰還となったわけですか。まあこちらとしてはその方が助かるわけですが。」
「結局原因は分からないままか。・・・・・ナッシュ、怪奇現象ってのは本当にあるんだね。僕はそんなのは迷信と思っていたんだけど・・・・・。」
「・・・あれは例外です。私なんか何度あれに巻き込まれた事か・・・・・。」
「ぷっ。」
「笑わないで下さい!」
「・・・・・余計な事をしてくれたと思ったけど、戻ってきたんだから結果オーライか。」
「まあ、そうですね。」
そのクリスタルバレーの外れにある小さな空き地。そこにかのコンビの姿があった。
「・・・・・結局戻ってきたのね。」
「ハルモニアに飛ばされちまったがな。」
「ビッキーちゃんのお陰よね。」
「クシャミをさせたのは誰だと思ってるんだ?」
「まだそんな事言ってるの!?そんな悪い子には・・・・・。」
「・・・また、あれか?」
「こうだよ!?こうだよ!?」
「痛ててててて!!!分かった!!悪かった!!!俺が悪かったから、止めろって!!!」
「こうだよ!?こうだよ!?」
結局あの旅は何だったのか。意義があったのかどうか、それは誰にも分からない。だが彼らにとって、ある種の教訓となった旅ではあった。
結局変わった者は誰一人いなかったが。
群島ではあの後、若き艦長率いる群島の連合軍がクールーク南進を阻止、罰の紋章を宿した主に代わり、実質軍の主導権を握っていたオベル王が群島諸国連合の発足を宣言、以後群島諸国は今日まで繁栄を保ってきた。
人と人の縁とは不思議なものであり、時にそれは時空を超えるものなのかもしれない。・・・・・誰かさんの手によって。
謎多き彼女の真相が解明されるのはまだまだ先の事であろう。その張本人は、今日も何処かで誰かを巻き込み、大陸から大陸へと移動している。そんな仲間の事を記憶の片隅にしまい、メルとブランキーは再び南を目指していった。
「・・・・・・で、オチは?」
・・・・・。
「ないわけ?」
「・・・らしいです。」
・・・・・。
「・・・・・ふうん。」
「あの・・・・落ち着いて・・・・・。」
「・・・・・。僕がルックじゃない事を感謝するんだね。」
・・・・・はい。
・・・・・THE END?
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