メル&ブランキーの珍道中B
トラン共和国グレッグミンスターにある一軒の大きな家。元解放軍リーダーの少年はこの家に住んでいた。嘗て赤月帝国貴族として何不自由なく暮らしていたのに、あの日のあの出来事が全てを変えた。親友テッドの真実を知った日、彼は反逆者として都を追われ、解放軍に身を投じた。それから3年、今やすっかり昔の面影を取り戻した平和なグレッグミンスターの屋敷に、彼の姿があった。但し、名家の坊ちゃんとしてではなく、マクドール家当主として。
いつも台所では下男のグレミオが今日も得意のシチューを作っている。彼のシチューは解放軍だけでなく元解放軍メンバーが多かったデュナン国でも評判で、彼は何度かデュナン国の拠点ノースウィンドゥに招待されていた。・・・が、この日だけは違った。グレミオは台所にいるのだが、傍観者と化している。代わりに包丁を握っているのは、慣れた手つきで魚を捌いていくおかっぱ頭の少女と、慣れない手つきで野菜を切っている女性だった。そして、食卓では三人の少年と一人の男性が料理の完成を今か今かと待ち構えていた。

「・・・でも、何でナナミの料理まで食べなきゃいけないの?」

そう言ったのは元ハイランド皇王ジョウイ・ブライト。彼はナナミの料理の被害者の一人であり、ナナミの料理音痴加減をよく知っている。

「いや、グレミオさんに教えてもらえば治るかなと思って・・・。」

語るのは被害者B、耐性がついてしまった哀れな弟。
続いて被害者C、マクドール家当主が語る。

「だからって、うちのグレミオを犠牲者リストに載せないでくれよ。うちにはグレミオ以外に料理出来る人間いないんだから「この前の変な人形が消えたと思ったら別の厄介ごとが舞い込むとは・・・。」
「変な人形?」
「猫みたいな口の悪い人形。君だって知ってるだろ。」
「ああ、あれですか。どうしたんですか、あれ。」
「ビッキーに頼んで何処かに飛ばしてもらった。」

ジョウイの顔が引き攣った。彼は思っていた。この人を絶対に敵に回しちゃいけない、と。

「つーか、何で俺達まで来なきゃ行けないんだよ・・・。」

愚痴をこぼしていたのは少年忍者サスケ。という事はどういう事か。答えは簡単。台所で花嫁修業中なのはナナミだけではないという事である。

「お前も素直じゃないな。折角カスミ殿のお供が出来たんだから、もっと喜べ。」
「モンドさん五月蝿いよ。俺はハンゾウ様の命だから来たんだぞ。でなきゃ誰が来るもんか。」
「その割には此処に着いた時に嬉しそうにしてたな。何故だ。」
「う・・・。」

恋愛事にあまり関心のないWリーダーはグレミオが出したコーヒーを飲み、溜息をついた。

「そろそろ身を固めないんですか?」
「君までそんな事言うのか。僕は当分一人でいるよ。」
「台所で頑張る未来の花嫁が泣きますよ?」
「彼女が僕の妻になるかどうかは僕が決める事でしょ。そっちこそアイリって娘とはどうなったのさ。まさか別れてそれっきり?」
「それっきりですよ。彼女達とはキャロから脱出した頃からの付き合いでしたから、ちょっと寂しいですけどね。」
「ふぅん・・・。」

台所からはいい匂いが漂ってくる。ここからが要注意である。ナナミの料理は完成までは食欲をそそる香りがするのだが、食べた瞬間、あら不思議。皆その場で卒倒し、動かなくなるのである。さて、本日の犠牲者は何名か、皆はふとそんな事を考えていた。一番最初に倒れるのはグレミオだろう。次はジョウイか。弟は間違いなく耐えるだろうが、さてどうなる事やら。

「あの、グレミオさん・・・。」

一方の台所、花嫁修業中のくノ一は、何故かまだ野菜を切るのに梃子摺っていた。

「どうしまし・・・。」

グレミオは唖然とした。キャベツはともかく、ジョウイの大嫌いなニンジン、更にじゃが芋、何故か薩摩芋といったものが全て千切りにされている。

「・・・これ、何です?」
「・・・え?駄目・・・なの?」
「はい・・・。」
「ご、ごめんなさい!」
「いえ・・・。・・・このままだと坊ちゃんに嫌われるのは間違いないですから、救済措置をとりましょうか。」
「すみません・・・。お願いします。」
「じゃあ準備しますから、ちょっと待って下さいね。ナナミさんはお一人でも大丈夫みたいですね。」

グレミオはエプロンをつけ、手を洗って包丁を握った。男どもはその様子を伺い、更に不安になっていた。
そんなこんなで、二人の修行の成果を見せる時がやって来た。グレミオは当然一切口出ししない。台所は戦場と、そして修羅場と化した。今後の事を考え、食卓で料理を待つグレミオと弟以外の三人の顔が更に暗くなった。ある者は呪いを唱え、またある者は辞世の句を読み、ある者は家族を思い・・・。そして拷問の時間はやって来た。ナナミは自信満々に、カスミはやや照れくさそうに料理を運んできた。見た目はナナミが格段に上であるが、油断大敵である。

「二人の分は少し多くしてあるからね!遠慮しないで食べて!」

二人とは弟と親友のことである。

「・・・ナナミ。ニンジン・・・入れただろ。」
「入れたよ。いつまでもニンジン食べれないなんて言ってちゃ困るもん。」
「・・・僕がニンジン見るのも嫌なの知ってるくせに。」

この間、誰もナナミの料理には手をつけていなかった。食べた後が怖いからである。さて、もう一人の素人はというと・・・。

「あの・・・皆さん、どうですか?」
「とりあえず思ってたよりは普通で良かった。」

嘗ての上司は褒めてるのだか貶してるのだか分からない調子で答えた。残りの四人も皆安堵の表情を浮かべている。これから見る事になる地獄を考えれば、どれも美味く食べられるというものか。

「さあ、次はお待ちかねナナミちゃん特製シチューよ!グレミオさんに教えてもらったから、絶対美味しいはずよ!」

悟りの境地に達したかのような弟を除く五人は、諦めて一口食した。そして・・・。

「ササライさん、大丈夫?」
「う〜・・・。」
「ササライ様、医者に調合してもらった薬のお具合は如何です?」
「う〜・・・。・・・ん?」

ここは150年前の群島諸国。オベル王国船の中にある医務室である。まだぐったりとしたササライは少し回復したのか、時折ベッドから体を起こすも、まだ完全に良くなったわけではなく、すぐに横になっていた。そんなササライはベッドの下の異変に気付いた。人の気配がするのである。

「誰だ!・・・う・・・気持ち悪・・・。」
「ササライ様、大声出さないで下さい。私がやりますから。」

ナッシュはササライが寝ているベッドの下を覗き込んだ。するとそこにいたのは、つい先程までトラン共和国にいたはずのマクドール家当主と下男、ハイランド皇王、ロッカクの里の忍者二人の五人の姿が・・・。

「お前ら!ど、どうやって来たんだ!」
「・・・え〜っと、親友の少女の料理を食べて・・・。」
「・・・お前の親友って言ったらあいつか。思い出しただけで気分が悪くなる・・・。」

被害者Dナッシュは唖然とした。無理もない。自分と同年代を生きる人間が次々と過去の世界に現れたのだから。そしてもう一人、恐怖に怯える少女の姿があった。ここでツケが回ってくるのか、それとも・・・。さてさて珍道中はまだ始まったばかり。五月蝿くなりそうなメンバーが集結し、今後どうなっていく事か。そして4様の立場は・・・?

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